<STORY>BL彼女とシナリオライター #1

広々としたオフィスに、いつも充満するほどの熱気を感じる。なのに、私だけが冷めていて、その熱気の中に入ることができない。

「早坂さん、ホワイトデーのキャラシナリオ、フィードバックしといたから」
「あ、はい……。見ておきます」

シナリオディレクターの河西さんの目が笑っていないのを確認して、憂鬱な気持ちでWordファイルを開く。さして長くもないシナリオに、びっしりと赤字の文字列が並んでいる。

「櫻井くんはこういうことは言いません……ね」

こうして一つ一つのフィードバックを潰す。私はただ、赤字で書かれたままに修正を施していく。これが私の、社内ゲームシナリオライターとしての仕事。

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私が担当しているのは、この会社で制作している『ブルームラブストーリー 〜花のように恋をする〜』というソーシャルゲームだ。

派遣社員の私には、メインライターが回ってくるわけもなく、ゲーム内ガチャで読めるキャラシナリオと、同じくゲーム内で月数回開催されるイベントシナリオを制作している。

ただの派遣社員なのに、毎日が締切との戦いだ。それでも、二十九歳から二年半このゲームに携わってきて、基本的なミスは減った……と思う。なのに、この実態はどういうことだろう。

「なんかさあ、早坂さんのシナリオ、盛り上がらないんだよね」

河西さんが私のパソコンを覗き込みながら言う。

「ストーリーは面白いんだけどね。イマイチ花恋らしくない。まあ、早坂さん、BLの素養ないからなー」
「……すみません」

BLの素養、という言葉にギクッとする。花恋は……何を隠そう、今日本で一番人気の腐女子向けのBLゲームなのだ。そして、私にはBLへの興味もなければ、そもそも女性向けゲームへの愛着もない。何度も辞めたほうがいいかなと思った。

そう、『彼女』に出会う前は。

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冬の東京の寒さは、他では味わえないと思う。凍てつくように寒く、思考力さえも低下する。私はその日の仕事帰り、早足でいつものスペインバルに向かった。いつもの席にはいつもの先客がいる。

「美穂、お疲れー!」

彼女の緩い巻き髪が揺れる。いつもモデルのように美しくセットされた髪。

「花鈴もお疲れさま」
「疲れたよー!ここからが癒しターイム!」

ワインと食べ物を注文して、花鈴の話を聞き始めた。

「ほんと腹の立つ取引先担当者でさ、私がこっちの会社の責任者だからって、全部押し付けてくるの」

愚痴が止まらない花鈴は片手でスマホをつつく。

「正社員、大変だね」
「大変だよー。美穂みたいに派遣が正解。データ入力とか、楽そうだし」

ビクッとして、ワインで咳き込みそうになるのを抑えた。実は、花鈴は私の本当の仕事を知らない。それには理由がある。

「ストレス溜まったから30連回しちゃった!見て!クリスマスの旭陽ピックアップ来たんだよ」

そう言って見せてくるのは、決まって見慣れたゲーム画面だ。そう、彼女は花恋の大ファンあり、そして……。

「クリスマス蒼太も絶対引くんだ!旭陽一人じゃかわいそうだもんね!」

キャラクター、時雨蒼太と青葉旭陽の恋を応援する熱心なBLのファンでもあった。

(つづく)

<STORY>BL彼女とシナリオライター

ヴァンパイア株式会社の公式アンバサダーであるライター「野溝さやか」による人間ドラマ。女性向けBLソーシャルゲーム 『ブルームラブストーリー 〜花のように恋をする〜』(通称:花恋)のシナリオ担当をする主人公 美穂 と、バリバリのキャリアウーマンながらBLソシャゲに人生を捧げる 花鈴 の物語。

著者紹介

野溝さやか
9月12日生まれ、ギャルゲー大好きシナリオライター、脚本家、演出家。特にヤンデレが大好物。執筆作品「DEAD OR ALIVE6」など。
http://end-up-roll.main.jp/?page_id=107
Twitter @sayaka_sophians

企業概要

ヴァンパイア株式会社
2019年7月設立、代表取締役 加藤洋平
http://www.vampirekk.com/
Twitter @vmpkk